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津地方裁判所上野支部 平成10年(ヨ)21号 決定

債権者

吉田正昭

外八〇名

右債権者八一名代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

債務者

吉田工業株式会社

右代表者代表取締役

吉田柄煥

右債務者代理人弁護士

杉岡治

室木徹亮

主文

1  債務者は、仮に別紙施設目録記載の産業廃棄物中間処理施設である焼却施設において、産業廃棄物である木屑などを焼却して、これを操業してはならない。

2  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第1  申立の概要

1  本件施設の稼動による債権者らの被保全権利侵害の危険性の存在

(1)  債権者らは、いずれも三重県上野市内に所在する上野ニュータウン自治会の構成員であり、別紙当事者目録中債権者一記載の各債権者は上野ニュータウンに居住している者、同債権者二記載の各債権者は上野ニュータウンに居宅を有する者、同債権者三記載の各債権者は、上野ニュータウンに土地を所有するものである。

(2)  債務者は、産業廃棄物処理業者であり、同市大野木字山辻〈番地略〉において、別紙施設目録記載の産業廃棄物中間処理施設である焼却施設(以下「本件施設」という)を建設し、操業している者である。

(3)  本件施設と上野ニュータウンとは、最も近いところでは直線距離で約四二〇メートル離れているに過ぎず、概ね八〇〇メートルの半径内に所在する。

(4)  本件施設は、産業廃棄物である木屑をはじめとする建設混合廃棄物及び助燃剤としての廃油並びに繊維屑及び同廃油をそれぞれ焼却することを目的として建設された、二基の焼却炉を一体として建設した施設である。

(5)  本件施設は、これを操業することにより、人体に有害な化学物質であるダイオキシンを発生させる蓋燃性の高い焼却施設であり、債権者らの生命身体あるいは財産権を不当に侵害する恐れがある。

ア 本件施設は、平成九年一二月一日に施行された改正大気汚染防止法施行令並びに廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「改正施行令等」という)の施行前に建設された施設(以下「既存施設」という)であるため、経過措置として平成一〇年一一月三〇日までは、右改正前の大気汚染防止法施行令並びに廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下「改正前施行令等という」)の適用を受けるものとされ、されに同年一二月一日からは、次のような構造を有することが要求されることとなった。

a 構造基準

あ 燃焼ガスが摂氏八〇〇度以上の状態で燃焼できる燃焼室の設置

い 助燃装置の設置

う 空気供給設備の設置

え 燃焼室内の燃焼ガス温度の測定及び記録装置の設置

お ばいじん、焼却灰が飛散流出しない灰出し設備の設置

か 排ガス処理設備

b 維持管理基準

あ 焼却施設における投入廃棄物の混合

い 運転開始時の速やかな炉内温度の上昇

う 運転終了時の燃やし切り

え ばいじんの除去

お ダイオキシン類濃度の測定、記録

か 排ガスの適正処理

き 消火設備

く 炉出口の炉温を摂氏八〇〇度以上に保持する

け 燃焼ガスが摂氏八〇〇度以上の状態で燃焼

こ 焼却灰の熱しゃく減量を一〇パーセント以下にする

さ 燃焼室内の燃焼ガスの温度測定

し ダイオキシン類濃度を一立法メートルあたり八〇ナノグラム以下の条件で焼却

しかし、本件施設には前記各基準を満たす設備が備えられていない。

イ 債務者が焼却を予定している木屑や建設混合廃棄物に含まれている紙屑には、塩素化合物を含有する物質が使用または結合されていることが多く、八五〇度以下の燃焼条件ではダイオキシン類が発生することが避けられない。また、建設混合廃棄物には大量のダイオキシン類を発生させる塩化ビニール系廃棄物が不可避的に混入し、焼却されることが避けられない。

ウ 本件焼却炉は、厚生省における一般廃棄物焼却炉を設置運営する指針である「ゴミ処理にかかるダイオキシン類発生防止等ガイドライン」の基準に適合しないものである。

a 燃焼温度を、ダイオキシン類の発生を防止するのに必要な、常時八五〇度以上に保つための装置を具備しておらず、立ち上げ、立ち下げ及び埋火時には特に低温燃焼となって高濃度のダイオキシンが排出される構造となっている。

b 安定的な燃焼状態を確保するために必要な廃棄物を均一化するごみ破砕機や蒸し焼き状態を防止し高温焼却を実現するための焼却物の撹拌や移動をする装置が具備されていない。

エ 焼却炉の気密性を保ち、不完全燃焼を防止するための連続投入装置がなく、開閉時の炉内温度低下、大量燃焼物の投入後の点火による不可避的な不完全燃焼状態によるダイオキシンの発生が避けられない。

オ 急冷却装置不備

廃棄物を燃焼させた場合に、燃焼後その燃焼により発生したガスからダイオキシン類を生成させないためには、燃焼ガスを摂氏二〇〇度以下に急冷却して、いわゆるデノボ反応を抑制する必要があるが、本件焼却炉にはこの装置も設置されていない。

カ 飛灰あるいは漏洩対策の不十分性

廃棄物焼却により発生するダイオキシン類は、飛灰や焼却灰中に含まれるものであるので、大気中に灰を飛散させたりしない対策が不可欠であるが、本件焼却炉にはろ過集じん機や、灰を保管する設備も備えられていない。

キ 装備されているはずの二次燃焼防止のための冷却処置としての水冷装置不存在の疑い

債務者が本件施設のうち、六〇〇型焼却炉について燃焼物が灰溜室で二次燃焼を起こし、不完全燃焼により灰溜室でダイオキシン類が生成されることを防止する目的で、設置することに設計変更したとされる水冷式の中間仕切扉は、その機能を発揮させるために必要な一時間一〇〇〇リットルの清水の取水施設が整備されていないことに照らすと、現実には設置されていないものとの疑いがあり、同焼却炉で実際には設置に県知事の許可を必要とする一日五トン以上の廃棄物が焼却される結果となる上、灰溜室で前記のようにダイオキシン類が生成されている蓋燃性が高いと思料される。

ク 焼却灰管理施設不存在

本件施設には、生成されたダイオキシン類を含んだ焼却灰などが環境中に排出することを防止し、これを管理して処分する施設まで搬送するまでこれを保管するために必要な施設も設備も設けられていない。したがって、焼却灰などが風の影響などにより大気中に飛散したり、雨に流されて地下や地表に流出するおそれが存在する。

ケ 有害重金属類の除去、保管設備の不存在による環境汚染の可能性の存在

本件施設に搬入される廃棄物には、人体に有害な重金属類が混入している可能性が存するが、本件施設には、焼却前にこれを排除したり、焼却処理後に環境中にこれが排出されるのを防止するための設備が設置されていないため、焼却処分後人体に有害な重金属類が前項のダイオキシン類と同様に風の影響などにより大気中に飛散したり、雨に流されて地下や地表に流出すおそれが存在する。

(6)  本件施設の廃棄物処理法上の許可の免脱

本件施設は、焼却炉の処理能力が、廃棄物処理法上の三重県知事の許可が必要な一日八時間に五トンを超える処理能力を有するものであり、三重県産業廃棄物処理指導要綱(以下「県指導要綱」という)に基づいて、訴外上野ニュータウン自治会(以下「自治会」という)の同意が必要とされる施設であるが、同意書取得の見込みがないため、焼却炉を二基に分割して、処理能力が県指導要綱上、自治会の同意及び三重県知事の許可が必要とされない一日八時間の処理能力が五トンを超えない施設である風に装って、脱法的に建築された施設である。

ア 本件施設は、焼却炉が二基備え付けられ、その処理能力が六〇〇型が一時間0.6トン、一九〇型一基が一時間0.19トンであるから、八時間操業するとすると、六〇〇型が4.8トン、一九〇型が1.52トンで合計6.32トンとなる。本件施設の二基の焼却炉は、土台部分や煙突を共有していることからして、環境への影響を考えると、一体となったものと考えるべき施設である。

イ 本件施設中、六〇〇型焼却炉は、前記のとおり、焼却室と灰溜室の遮蔽構造が不完全なため、灰溜室において焼却が発生する結果、同焼却炉が一体として五トン以上の処理を実際には行う焼却炉として機能することとなる。

2  被保全権利及び保全の必要性

(1)  ダイオキシン類による健康被害惹起の危険性の存在

ア ダイオキシン類の毒性

ダイオキシンは、強い毒性があって、微量の接種によっても、発ガン性、催奇形性、生殖障害、免疫障害など人体への悪影響を及ぼす危険性が認められるポリ塩化ジベンゾフランとポリ塩化ジベンゾ・パラ・ジオキシンの混合物の総称である(大気汚染防止法施行令附則三項四号、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則四条の五第一項二号ワ)ところ、ダイオキシン類は、廃棄物焼却の過程で大量に生成され、容易に分解されにくく自然界に蓄積されるため、その排出を削減し、環境汚染を防止することが、人体の安全確保のため不可欠の措置とされている。

イ 平成九年一二月一日から実施された、改正施行令等によると、本件施設に対するダイオキシン類の濃度規制は、排ガス一立法メートルあたり五ナノグラム(一グラムの一〇億分の一)以下とされている。

(2)  債権者らの暴露の可能性

ア 上野ニュータウンに居住している債権者は、本件施設から排出される排ガス一立法メートルあたり五ナノグラムを超えるダイオキシン類に暴露し、大気や地下水などが汚染され、これにより、右債権者らの健康が侵害されるおそれがある。

イ 上野ニュータウンに居宅を有する債権者は、同タウンを訪れた際に、前項の居住者と同様高濃度のダイオキシン類に暴露し、大気や地下水などが汚染され、これにより、右債権者らの健康が侵害されるおそれがある。

ウ 上野ニュータウンに土地を所有している債権者は、本件施設から排出されるダイオキシン類などの有害物質が、大気に飛散し、土地に蓄積されることによって、住宅敷地としての使用に耐えなくなるおそれがあり、その所有権を侵害される蓋燃性がある。

第2  債務者の主張

1  債務者は、昭和六二年ころから、野焼きの方法で産業廃棄物を処分することを業をしてきたものであるが、平成四年七月をもって野焼きが法律上禁止されることを受けて、焼却炉を設置して産業廃棄物処理業を継続しようと考えて、平成三年夏ころから建設に必要な住民の同意の取得などの手続に取りかかり、三重県による行政指導を仰いで本件施設の設置をすすめてきた。

2  本件施設は、平成七年四月一〇日、各焼却炉について、いずれも一日焼却量が五トン以下の焼却施設として、同県へ届出し、これが受理されたことによって、産業廃棄物処理施設として稼動できることとなった。

3  債務者は、右届出受理後の平成九年末ころから右届出に基づく本件施設の建設に着手し、同施設は平成一〇年夏には完成した。

4  債務者は、同年八月末ころから、本件施設のうちRH六〇〇型焼却炉を稼動させ、一、二ヵ月の焼却炉を乾燥させるための低温焼却期間の後、木屑等の産業廃棄物の焼却を開始した。

5  本件施設のダイオキシン類排出抑制のための対策

(1)  焼却目的物の選別の実施

債務者は、有害物質であるダイオキシン類の生成及び排出抑制のため、焼却前に焼却対象廃棄物である木屑のみを焼却するために、次のような選別手続を実施し、ダイオキシン類発生の原因となる物質の焼却を防止する方策を実施している。

ア 搬入された建築廃棄物である木屑をふるい機にかけてコンクリート殻などをふるい落とす。

イ ふるい残った廃棄物をプールに投入して、浮かんできたもののみをすくい取る。

ウ すくいとった廃棄物を屋根付きの乾燥場において乾燥させた上、最後に人の手により焼却対象の木屑以外の物を取り除く。

(2)  本件施設は、法律の基準を遵守し、三重県の行政指導にしたがって、改正施行令等が施行される前に建設された焼却炉である。したがって、改正施行令等が施行された後も経過措置により、平成一〇年一一月三〇日までは、改正前施行令等が適用されるものである。

6  債務者は、本件施設の所在地の属する地区である上野市大野木地区との間で、公害防止協定を締結し、地域住民に対し、本件施設の操業によってその身体や健康あるいは財産を害する危険を防止することを約した。

7  債務者において平成一〇年一〇月二九日から同月三〇日にかけて実施した、ダイオキシン類濃度測定結果(疎乙一八)によると、債権者吉田正昭の自宅に最も近い地点では毒性等量で0.076ピコグラムであった。右の数値は、三重県が行った平成一〇年度ダイオキシン環境調査結果(疎乙一九)における上野市役所において採取したサンプルを分析した結果に比較しても低いものである上、宮城県遠田郡や隠岐の島における平均値をも下回るものである。

8  債務者において実施した、本件施設からの二酸化窒素及び煤じんの排煙拡散予測(疎乙二二)によると、上野ニュータウンに対して本件施設方向から風が吹くのは四日に一度の割合であり、その際の上野ニュータウンにおける二酸化窒素及びばいじんの各最大着地濃度は、三重県四日市市との比較では、二酸化窒素が年平均の約四〇九分の一、ばいじんが約一二〇分の一以下の数字である。

第3  当裁判所の判断

1  本件施設の状況について

(1)  本件施設は、産業廃棄物処理業者である債務者が、平成七年四月一〇日、三重県に対し、一日の焼却量がそれぞれ五トン以下の焼却炉二基を有する産業廃棄物中間処理施設である焼却施設として届け出をし、この受理を受けた後の平成一〇年夏ころ施設を建設し、同年八月末ころから六〇〇型焼却炉において木屑等の産業廃棄物の焼却を開始し、以後営業操業しているものである。

(2)  本件施設と上野ニュータウンとは、最も近いところでは直線距離で約四二〇メートル離れているに過ぎず、概ね八〇〇メートルの半径内に所在する。

(3)  本件施設は、産業廃棄物である木屑をはじめとする建設混合廃棄物及び助燃剤としての廃油並びに繊維屑及び同廃油をそれぞれ焼却することを目的として建設された、二基の焼却炉を有する施設である。

(4)  本件施設は既存施設であるため、経過措置として平成一〇年一一月三〇日までは、改正前施行令等の適用を受けるものとされたが、同年一二月一日からは、改正施行令等により次のような構造を有することが要求されることとなった。(疎甲四七号証、乙一号証)

a 構造基準

あ 燃焼ガスが摂氏八〇〇度以上の状態で燃焼できる燃焼室の設置

い 助燃装置の設置

う 燃焼室への空気供給設備の設置

え 燃焼室内の燃焼ガス温度の連続的な測定及び記録装置の設置

お ばいじん、焼却灰が飛散流出しない灰出し設備の設置

か 排ガス処理設備

き 排ガス冷却装置

b 維持管理基準

あ 焼却施設における投入廃棄物の混合

い 運転開始時の速やかな炉内温度の上昇

う 運転終了時の燃やし切り

え ばいじんの除去

お ダイオキシン類濃度の年一回以上の測定、記録

か 排ガスの適正処理

き 火災防止及び消火設備を設置する

く 炉出口の炉温を摂氏八〇〇度以上に保持する

け 燃焼ガスが摂氏八〇〇度以上の状態で燃焼

こ 焼却灰の熱しゃく減量を一〇パーセント以下にする

さ 燃焼室内の燃焼ガスの連続的な温度測定

し ダイオキシン類濃度を一立法メートルあたり八〇ナノグラム以下の条件で焼却

(5)  しかし、債務者審尋の結果によると、本件施設には、本件における審尋手続を終結した平成一〇年一二月二八日においても、前記構造基準を満たす設備が備えられていないことが一応認められ、したがって、前記維持管理基準を遵守した操業・維持管理を実行することが困難であるというべきである。現に、疎乙六号証の上野保健所によって実施された平成一〇年九月一七日における本件施設のうち営業運転を開始した六〇〇型焼却炉についての炉内温度の測定結果によると、前記摂氏八〇〇度以上の焼却温度は一度も達成されていなかった事実が認められる。この事実に照らすと、現実にその操業において、前記維持管理基準を充足しない状況で操業がされている事実が一応認められる。

2  ダイオキシン類の法益侵害の危険性について

(1)  ダイオキシン類による健康被害惹起の危険性の存在

ア ダイオキシン類の毒性

ダイオキシンは、強い毒性があって、微量の摂取によっても、発ガン性、催奇形性、生殖障害、免疫障害など人体への悪影響を及ぼす危険性が認められるポリ塩化ジベンゾフランとポリ塩化ジベンゾ・パラ・ジオキシンの混合物の総称である(大気汚染防止法施行令附則三項四号、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則四条の五第一項二号ワ)ところ、ダイオキシン類は、廃棄物焼却の過程で大量に生成され、容易に分解されにくく自然界に蓄積されるため、その排出を削減し、環境汚染を防止することが、人体の安全確保のため不可欠の措置とされている。

イ 改正施行令等によると、平成九年一二月一日以後新設の、本件施設と同規模の焼却能力を有する焼却炉を具備する産業廃棄物焼却施設に対するダイオキシン類の濃度規制は、排ガス一立法メートルあたり五ナノグラム(一グラムの一〇億分の一)以下とされているが、同日以前に建設された既存施設については、経過措置が設けられ、平成一〇年一二月一日以後は平成一四年一一月三〇日までについては、同単位あたり八〇ナノグラム、同年一二月一日以後は同単位あたり一〇ナノグラムを規制濃度とするものとされている。しかしながら、世界保険機構は平成一〇年六月、ダイオキシンの発ガン性が確認されたこと受けて、耐容一日摂取量を体重一キログラムあたり一ないし四ナノグラムとすることを決議し、これを受けて厚生省は同年一二月我が国においても、これを濃度規制の基準とすることを検討することにした。

(2)  本件施設の焼却対象物の焼却とダイオキシン類の発生の蓋燃性

債務者は、本件施設において、債務者が焼却するのは、前記のとおり厳重に選別された木屑類のみであるので、受忍限度を超えるダイオキシン類が発生するおそれはないと主張する。しかしながら、債務者が焼却を予定している木屑や建設混合廃棄物に含まれている紙屑には、塩素化合物を含有する物質が使用または結合されていることが多く、八五〇度以下の燃焼条件ではダイオキシン類が発生することが避けられないことについては当事者間に争いがない。また、建設混合廃棄物には大量のダイオキシン類を発生させる塩化ビニール系廃棄物が混入する可能性があり、その焼却によってより多量のダイオキシン類が発生する危険も存在するものである。

3  本件施設の操業によるダイオキシン類発生の蓋燃性と発生防止及び排出防止設備設置の必要性

以上の次第で、本件施設がこれを操業することによってダイオキシン類を発生させることが避けられない施設である以上、債務者はその発生を可能な限り抑制し、発生したダイオキシン類を環境中に排出あるいは流出させないための措置を具体的に実施する義務があるというべきである。本件施設について債務者がダイオキシン類の発生を抑制し、発生したこれを環境中に排出あるいは流出させないためになすべき設備及び対策についての基準が、前記の構造基準及び維持管理基準であるが、債務者は本件施設の操業により発生が避けられないダイオキシン類から環境を保全し、地域住民である債権者らの法益を侵害しないために本件施設に備えられている各設備の具体的内容を、債務者審尋においても具体的に疎明する資料を提出しなかった。なお、債務者は本件施設には助燃バーナーを設置して炉内の温度を高温に保っていると主張しているが、その具体的状況は明らかでない。

4  本件施設操業による債権者らに対する健康被害等の発生の蓋燃性

(1)  債務者は、本件仮処分申立前の平成一〇年九月一〇日に、本件施設焼却炉の煙突から採取した排ガスを資料としてダイオキシン類等の濃度を測定した結果を疎明資料(疎乙七号証)として提出し、これによると本件施設からダイオキシン類が排出されている事実は認められるものの、その実測濃度に照らして、操業によって環境中に受忍限度を超えるダイオキシン類が排出される蓋燃性はないと主張した。これに対し、債権者らは平成一〇年九月一一日から同月一二日にかけて上野ニュータウン周辺地域において二酸化窒素の状況を測定した結果を疎甲四五号証として提出したが、これによると、債務者が以前行っていた野焼き当時に測定した二酸化窒素の測定結果(疎甲二一号証)と比較して、上野ニュータウン内部まで二酸化窒素が侵入している状況が捉えられている。そして、疎甲四一、四二、五七、六三号証によると、本件施設操業開始後に、現実に頭痛・喉の痛み・息苦しさなどを体験した債権者らが存在する事実が一応認められる。

(2) 前記認定のような本件施設のダイオキシン類の発生を抑制し、発生したダイオキシン類を環境中に排出あるいは流出させないためになすべき設備及び対策の整備の不備な状況と整備に対する債務者の対応、本件施設における焼却の対象となる木屑等の産業廃棄物の燃焼によるダイオキシン類の発生可能性の存在及び前項の測定結果により本件施設の焼却炉の排ガス中にダイオキシン類の排出が確認され、本件施設から排出される排ガスが上野ニュータウン内部まで侵入している状況を総合して判断すると、本件施設の操業によって債権者らに対し健康被害等が発生する蓋燃性があるものと一応認められるといわなければならない。

(3)  債務者は、本件施設が三重県に対する産業廃棄物処理施設としての届け出が受理され、法律の基準を遵守し、さらに三重県による行政指導にしたがって建築された施設であると主張するが、右届け出の受理は、排ガス等による環境汚染や周辺住民に対する健康被害の可能性を確認の上なされるものではないことからすると、これをもって本件施設のダイオキシン類による健康被害等の不発生の根拠とすることはできない。また、本件施設が既存施設としても平成一〇年一二月一日から遵守すべき構造基準及び維持管理基準を満たしていることを疎明する証拠が提出されていないことは前記のとおりである。

(4)  さらに、債務者は、本件施設の所在地の属する三重県上野市大野木地区と公害防止協定を締結していると主張しているが、同協定の具体的内容については明らかにされておらず、また、同協定締結の事実がダイオキシン類による健康被害等の不発生の根拠となり得ないことは前項と同様である。

5  健康被害等の発生防止のための操業停止の不可避性の存否

(1) 以上の認定の結果を総合すると、本件施設は周辺地域の環境を汚染し、住民の健康を侵害する高度の蓋燃性を有する施設と一応認められるものであるから、本件施設が前記構造基準を充足する設備を備え、また、同維持管理基準に副った維持管理が可能となって、受忍限度を超える周辺地域の環境破壊や住民の法益侵害の発生の蓋燃性が消失するに至るまでは、その操業の停止を命じるのもやむをえないといわざるをえない。

(2)  債務者は、産業廃棄物処理業は社会的に必要性の高い事業であり、操業停止により債務者には倒産の可能性があるとして、操業停止を命じるべきではないと主張する。こうした点についての配慮が必要なことはもちろんではあるものの、債務者は前記のとおり、本件施設を操業する上で現時点において要求されている、受忍限度を超える周辺地域の環境破壊や住民の法益侵害結果の発生を防止するための設備の整備を怠っているものであるから、自らなすべき義務を怠って周辺地域住民の健康あるいは財産権の侵害の危険を発生させたまま、操業を継続しようとするのは到底許されないものである。

6 債権者らの被保全権利の判断

(1) 債権者らは、いずれも上野ニュータウン自治会の構成員であり、別紙当事者目録中債権者1記載の各債権者は上野ニュータウンに居住している者、同債権者2記載の各債権者は上野ニュータウンに居宅を有する者、同債権者3記載の各債権者は、上野ニュータウンに土地を所有するものである。

(2) 債権者らの暴露の可能性

ア  上野ニュータウンに居住している債権者は、本件施設から排出される排ガス一立法メートルあたり五ナノグラムを超えるダイオキシン類に暴露し、大気や地下水などが汚染され、これにより、右債権者らの健康が侵害されるおそれがある。

イ  上野ニュータウンに居宅を有する債権者は、同タウンを訪れた際に、前項の居住者と同様高濃度のダイオキシン類に暴露し、大気や地下水などが汚染され、これにより、右債権者らの健康が侵害されるおそれがある。

ウ  上野ニュータウンに土地を所有している債権者は、本件施設から排出されるダイオキシン類などの有害物質が、大気に飛散し、土地に蓄積されることによって、住宅敷地としての使用に耐えなくなるおそれがあり、その所有権を侵害される蓋燃性がある。

(3) したがって、債権者らは、いずれも本件施設の操業停止を求める被保全権利を有し、ダイオキシン類の毒性の大きさや特色に照らし、保全の必要も認められるというべきである。

第4  結論

以上によれば、債権者らの本件申立は、その被保全権利が一応認められ、債務者の対応に照らし、保全の必要もこれを認めることができるので、一応理由があるものとして、債務者らに保証を立てさせないで主文のとおり決定する。

(裁判官伊藤新一郎)

別紙施設目録〈省略〉

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